作:北山悠飛
2024/08/18発行 コミティア149の新刊、短編小説です。
花咲く村で、ある時少女が心に決めたこととは。
モノクロコピー本/16P/A6/約6,000字
表紙・裏表紙・デザイン:橋屋燕
関連作があります
『魔法使いの隠し事』は「薄暮の夢」の後日談です。
『魔法使いの隠し事』をご購入頂いた方向けに、関連する短編「薄暮の夢」(『CATHEDRA』収録、現在在庫切れ中)を公開しています。
このお話だけでもお読みいただけますが、前のお話もぜひご覧ください。
パスワード:『魔法使いの隠し事』最終行、「◯◯を追った。」の◯部分をローマ字読みで、半角英字(6字)で入力してください。
Sample
(冒頭4ページ)
植木鉢の花が枯れた。
いや、枯れたのではない。私が枯らしたのだ。
かつて、小さくて可愛らしい黄色と白のビオラだったものを前に立ち竦み、私はそれへの憐れみよりも、罪悪の念に苛まれてくらくらするのを感じた。
花を枯らすことは、この村では大罪の一つである。
賠償か、村外追放か。私はまだ幼い頭で、あらゆる最悪の想定をした。
色とりどりの花が丁寧に植わった、自宅の広い庭。その片隅、私にあてがわれた一画にある、素焼きの鉢植え。手入れの行き届いた周りの畑の中で、それは明らかに異彩を放っていた。
乾燥してやせた土に、変色して縮れた葉と花びらが落ちている。付けるもののことごとくなくなった裸の茎は、同じく薄茶色に干からび、疲弊して項垂れるように、あるいは暑さに耐えかねた人が手足を投げ出すように、ぐにゃりと曲がって鉢の外へ方々に垂れていた。
太陽の光に負けたのだ。枯れた原因は水不足。私が、水やりを怠った。花を枯らしたのは初めてだった。ああ、水やりを忘れていた、後でやろう、と思い、また次の日に、昨日は結局忘れてしまった、今日はやらなければ、と外出のたびに思い出し、それを繰り返しているうちに、もう取り返しはつかなくなっていた。私は周囲を見渡し、親が近くにいないのを確認すると、
こっそりと鉢を自室へ持ち込み、机の下へ隠すように置いた。ああ、それでも、見つかるのも時間の問題だ。この花は半年前、両親から初めてプレゼントされた花で、庭のあの場所にずっと置いてあるのを両親は当然知っている。なくなったと知れば、私を問いただすに違いないのである。
「母さん。私、ダリアたちと遊んでくるね。」
「あらセチア。お勉強は終わったの?」
「もちろん。じゃあ、行ってきます。五時には帰るから。」
母はキッチンでしそジュースを仕込んでいた。何知らぬ顔で、私を見るなり優しく微笑んでいる。ずきんと胸が痛み、目も合わせられないで、私はポシェットを引っ掴んで逃げるように家を出た。時刻は昼過ぎで、今日は確かに近所の友達と遊ぶ約束をしていたのだった。
母さんはしそジュースができあがったら、また庭仕事に出て、そうしてなくなった私の鉢に気づくかしら。村長の父さんは、今日は書斎にこもっているようだけれど、書斎の窓からは、私の鉢のあった一画が見えるはず、今日中にでも気づいてしまうかもしれない。そんな考えを巡らせ始めれば最後、私はもう気が気じゃなくなっていた。
この村では、花が命だ。
小さな森と、なだらかな丘陵に、見渡す限りの花と町並み。ここに住まうのは、花を資源に自給自足をして生きる、およそ百人余りの魔法使いである。花を育て、花の魔力を得て操り、魔法を使う。そして私も例外ではない。この時、私はまだ十歳だった。名ばかりの村長の娘として、この魔法使いの村の中で慎ましく、日々勉強をして生きている。十五になるまでの子供は、種類ごとに異なる花の魔力を覚え、魔法の使い方と園芸を学ぶのが村の掟だった。村の外の世界のことや、魔法を使えない人間のことは、聞いた話でしか知らない。村は魔法の結界によって、外部とは隔絶されているからである。
花の魔力を吸収すると、その花は掌の上で燃えるように光り、枯れる。父から、魔力を得る以外で花を駄目にすることは大きな罪であると聞いた。罪を犯した人は、最悪、村から追放されるそうだが、前例はまだない。
私が、その一人目になってしまうのだろうか。どうせばれるのなら、隠すより正直に名乗り出た方が、許してもらえるだろうか。どちらにしても、なんという汚名。私は魔法使い失格だ。
「あ、セチアだ! 遅いよぉー」
普段はスキップをしながら行く道を、上の空で歩いていると、いつの間にか目的地に着いた。
いつも友達と遊んでいる、ベンチのある広場には、既に三人の仲間が待っていた。
短い癖っ毛の可愛らしいダリアと、勝気な目をしたやせっぽちのポール、硬そうな髪に猫背のアスチルだ。私に気づくと、笑って大きく手を振った。家が近所で年が近く、いつも遊ぶのはこの三人であった。私はぎこちなく笑って駆け寄った。
「待たせてごめんね。ちょっと、片付けをしてて。」
「片付け? 真面目だなあ、セチアは。」
ポールが感心したように言った。私は心細さのあまり、鉢植えのことを共有しようか迷った。皆のことは信頼しているが、しかし、もし誰か大人に告げ口されてしまったら。私はぎゅっと口を閉ざした。
「さ、暑いから早く行こうよ。今日は川へ行くんだろ?」
アスチルが急かすように私たちの手を取る。村にはいくつか川があって、そのうちの一つは浅瀬で流れも穏やかで、遊ぶのに適していた。季節は夏まっ盛り、子供たちは涼みたくて仕方がない。
私たちは川へ向かって十分ほど歩いた。三人は楽しそうに、昨日成功した魔法の話や、虫取りをした話をして盛り上がっていたが、私は気が進まず、会話にちっとも加われなかった。しかし、不審に思われてもいけない。私はだんまりにならぬよう、時折それらしい相槌を打った。
……